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旧室ノ木・山崎武夫 (岩国市歩く友の会)

岩国市歩く友の会の資料を借りていると以前レポートした。

DSCN4308_R.jpg
「画像をクリックで拡大」

この資料の中で個人的に興味あるものをスキャンし論文をタイプして行こうと思う。
その第一弾が「山崎武夫」氏が書かれた【旧室ノ木】。
いま自分が住んでいるところだから。

以下にスキャンしたものの一部を。

Scan_20120706_13_R.jpg

Scan_20120706_14_R.jpg
「画像をクリックで拡大」

この2ページをタイプしたので以下に。

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旧室ノ木

解説:山崎武夫

【村本三五郎】
1736~1820(元文~文政) 篤農家(農聖)
・綿-大和、河内  蓮根-九州
・干拓地(新田)-農地改良  灌漑、排水、土壌改良
・農具改良-はまぐわ、こまざらぐわ、はまほりぐわ、バンクぐわ等
・村本の苗字を許される。

【干拓】
1612~1872
1602年、吉川広家入封後、最初に手がけたのが前縄・中縄・向縄(むかいなわ)の干拓。
250年間に亘る岩国干拓歴史の第一歩。
360年前の先祖の血と汗・涙が秘められている。

【ふるどて】
最初にできた防波堤。一番古いどて。一つの地名に残る歴史の重み。

【砂山】
出屋敷・本谷・磯崎は室の木の中心。守るに値するこのよき地を協力して守る。
・麻里布小合併 1911年(明治44年)
・農地改良-ふけ田投入。
砂山2丁目3・4・5・6・7一帯。

【川の流れ】
・麻里布川
 ・明神樋
 ・どんべえ樋
 ・ごんじゅう樋

【平家山】
源平合戦のとき、平家の落人、此所に暫く住せし故に平家山という。(旧岩国藩村記)
元暦元年(1184年)平氏壇ノ浦に敗れ、その遁逸者来りて山麓に住む。

【源氏山】
平家山の南方。女性的な優雅な姿。

【琵琶首】
1250年(建長2年)清縄良兼 八幡宮創建。

【やけの】
・焼野 焼き畑農耕。
・野火のため焼け野原
室ノ木4丁目北部一帯。

【出屋敷】
干拓の進行とともに1661年~1680年(寛文・延宝)の頃、錦見村の農家移り住んだ。これが所謂”出屋敷”であり、その名が地名として使用されていた。
室ノ木3丁目、5丁目、4丁目の一部。

【さいの峠(道祖峠)】

【さくら地蔵】
松の前。

【ナキリ】
室ノ木3丁目5の辺。
陶晴賢、厳島に進攻の際の舟だまり所。2万5千の軍兵は500艘の兵船で、ここナキリの浦や今津より出撃した。 ナキリ-波切り

【虚空蔵峠】
大谷越之道。

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順次掲載してゆきます。

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