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岩国徴古館・郷土史研究会 吉川元春

2012年1月15日にサンライフ岩国で午前10時から岩国徴古館・郷土史研究会が開催された。
今回のテーマは「吉川元春」でしたが、用事があり受講できませんでした。
で、後日この講義のテキストを手に入れたので以下に。

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「画像をクリックで拡大」

テキストでは年表しかないでウィキペディアで調べて見ました。
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吉川 元春 / 毛利 元春(きっかわ もとはる / もうり もとはる)は、
戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。毛利元就の次男で母は吉川国経の娘妙玖。毛利氏の統治制度である毛利両川の1人。毛利隆元は同母兄、小早川隆景は同母弟。

吉川氏は藤原南家の流れを汲み、鎌倉幕府御家人として駿河に住し、数々の戦功を立て、安芸に所領を得た(詳細は吉川氏の項を参照)。室町時代には土佐の分郡守護を務めた名家である。元春は吉川国経の外孫であり、その関係から天文19年(1550年)に吉川家を乗っ取る形で従兄の吉川興経を隠居させ、その養子として父の政略によって送り込まれることとなる。

毛利両川の1人として、弟の小早川隆景と共に毛利家発展の基礎を築き上げた名将でもあり、主に山陰地方の司令官として貢献した。生涯で76度の合戦に臨み、64度の勝利を収め、一度として敗れたことのない武将である、と伝えられている[1]。
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こんな情報もありました。

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吉川本太平記 [編集]

『太平記』は南北朝期の争乱を描いた軍記物語で、戦国時代の武人にも広く愛読された。

吉川本太平記は元春自身が書写したもので、現在は財団法人吉川報效会の所有となっており、岩国市の吉川史料館が保管している。太平記本文はカタカナ交じりで、古い形式を良く伝えている。

奥書の朱筆によれば、吉川元春が第1冊を永禄6年(1563年)12月に筆を下し、その後各巻の書写を行って、永禄8年(1565年)7月に第39冊の書写を完成したとしている。別に自筆の太平記目録1冊もある。

太平記には多少の異本の存在が認められ、そのうち最も原作に近いと認められていたのは神田太平記であったが、神田本には14巻の欠失があった。吉川本は神田本に近い内容を有し、しかもほぼ全巻を完備していることから、古典文学研究上きわめて貴重な資料とされる。昭和34年(1959年)12月18日、国の重要文化財(書蹟)に指定された。
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いつかこの「吉川本太平記 」が吉川史料館で展示されることがあったら見に行こう。


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